連休中のあれこれ♪

【金川の森♪】

 7月16日(土)17日(日)18日(月)の三連休は、月&福の保養のため(放射線被曝から身体を休めるため)に甲府で過ごしました。
被曝量を抑えるために、犬達の最大の楽しみといっても過言ではない散歩を普段は最低限しかさせてやれないことに対する罪滅ぼしでもあります。

土日の甲府は超暑かった(最高気温37度)ですが、森の中は天然のエアコンのおかげで日中でも涼しかったです。
とはいえ、さすがに朝夕の気温が低い時間帯にしか散歩しませんでしたが。
月曜日は曇ときどき雨で気温も低く、日中でも散歩できるくらい過ごし易かったです。
月も福も、朝と夕に3km(遊歩道のところどころに目盛がついています)づつ散歩できて満足そうでした。
本当は一頭づつ引いてやりたいのですが、今の季節、いくら日陰でも車の中に犬を残したまま離れるのは心配なので、二頭一緒のお散歩です。
二倍歩かなくて済んで、私にとってはよかったような気もします(笑)


森の中にある人工滝
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人工滝と福のうしろあたまのコラボww
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滝の側でのんびりマイナスイオン浴を楽しみたいところですが、立ち止まると蚊に刺されるので、さっさと立ち去り、せっせと歩き続けます(笑)


金川の森は、クワガタやカブトムシをとりにきた子供達でいっぱいでした。
甲府盆地の子供達は、放射線被曝の心配をせずに思いっきり外で遊べるので幸せですね。
恒例(?)の『あの犬、こわ~い』も聞きましたが、『可愛い犬がいる~』『あの犬さわりた~い』という耳を疑うようなヾ(-_-;) オイオイ・・・言葉も聞く事ができました
月をナデナデしてくれた果敢なヾ(-_-;) オイオイ・・・おこちゃまもいましたよ。



私はこんな生き物みっけました
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カニさんです。
山梨には海がないので、サワガニなのでしょうね。

その他、とてもきれいな蝶や、うちのあたりではあまり見かけない鳥など、いろいろな生き物を発見しながらいっぱい散歩して、犬達も私も心身ともにリフレッシュできたように思います。

温泉で汗を流して夜中に帰ってきましたが、三連休だったせいもあって中央道は談合坂SAから17キロの渋滞でした



【鉄舟忌】

 甲府から帰って来た翌日、鉄舟忌(山岡鉄舟毎歳忌)に参列しました。
昨年は、大学の同級生が癌で亡くなったり、弟が脳内出血で急逝したり、私自身に個人的に大変ショックな出来事があったりということが重なり、昨年末の私は心身ともに病んでしまいそうでした。
体重は10kg以上減り、仕事も犬の世話も這うような心持ちでこなしながら、このままでは本当にダメになってしまう、なんとかしなければという思いから、すがるような気持ちで全生庵の日曜坐禅会に参加させていただくことにしました。
煩悩をふりはらって無の境地に達するためというより、むしろ、様々なことをしっかりとよく考えて気持ちを整理するための場と時間が欲しかったのです。
坐禅会を開講しているお寺は茨城にもあるのですが、ちょうど鉄舟先生の伝記を読んでいたところでしたので、これも何かのお導きだと鉄舟先生ゆかりのお寺である全生庵の坐禅会に参加させていただくことにしました。
坐禅会に行く度に鉄舟先生のお墓にお参りしていました。
昨年12月から通い始めて、最初は足が痛くて考えをまとめるどころではなかったのが、なんとか半跏趺坐ながらも坐っていられるようになり、それにともなってか気持ちの整理もついてきました。
そこへ東日本大震災と原発事故が起きました。
先のみえない広範囲で深刻な放射能汚染が突然身にふりかかってきました。
東京電力と民主党政府に対する怒りと、放射能汚染に対する絶望感と恐怖で、いちどは落ち着きかけていた私の精神状態はまた危うくなってきました。
鉄舟先生の側で坐禅を組み、先生のお墓にお参りして気持ちを落ち着けたいと思いましたが、震災後の後始末に追われたり、ぎっくり腰が再発したり、放射能汚染対策(除染や保養)に忙しかったりで坐禅会に通えずにいました。
最後に坐禅会に参加してから4ヶ月以上御無沙汰していた身で参列を申し込むのは少し気が引けたのですが、勇気を出して参列の申込をしました。
西郷隆盛と談判して江戸城の無血開城をなしとげ、江戸の民を戦火にさらすことなく救った鉄舟先生。
『命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものだが、この始末に困る人でなくては、艱難をともにして国家の大業を成し得るものではない』と西郷隆盛に評された鉄舟先生のような方がいらしてくださったら、日本はこんな惨状にはなっていなかったはずと思い、どうしても鉄舟忌に参列させていただきたいと思いました。

鉄舟忌には、元内閣総理大臣の安倍晋三氏も参列されていました。
そして、図らずも私が思っていたのと同じ事(鉄舟先生のような方がいらしてくださったら、日本はこんな惨状にはなっていなかったかもしれない)を挨拶の中で言っていました。
私のような一般人が言うのならともかく、グダグダの政局の中にいる現役の衆議院議員がそんなことを言うのはいかがなものかと思った一方で、間近で見た安倍晋三氏からはとても誠実な感じを受けました。
安倍晋三氏は、中曽根康弘元首相に勧められて今年はじめて鉄舟忌に参列されたそうです。
鉄舟先生のような生き方はなかなかできるものではないと思いますが、その思いを正しく心に刻んだ人が政治にたずさわってくれれば、と切に願いますので、安倍晋三氏の今後に期待しています。

平井ご住職のお話(山岡鉄舟の禅)は、『悟りをひらくとはどういうことか』という内容でした。
お話の主旨ではありませんでしたが、なでしこジャパンになぞらえて『あきらめないこと! 何であっても根気よく続けた者が成し遂げることができるのだ』と話していました。
とても興味深かったですし、励まされました。
私は宗教家でも研究家でもありませんが、平井ご住職のお話を聞いて、悟りをひらく=対応力を身につける、ということなのではないかと思いました。
物事に動じないということは、何か大事がおきた時に本当に動きもせず落ち着いているだけということでは決してないと思います。
事にあたって、素早く正しい判断をし迅速に最良の対応(行動)ができることこそが、人が目指す『高み』なのではないかと思いました。
常にそういう対応ができるようになるためには様々な能力が必要です。
その能力を身につけるためのひとつの方法が、坐禅なのではないかと思いました。
対応力が欠如している東京電力と民主党政府のせいで、風評どころか立派な実被害を浴びている身としては、無能な人達にはさっさと政局からいなくなっていただき、力強い対応力をもった心ある政治家に日本を引っ張りあげてもらいたいと願うばかりです。
そんな政治家が日本にもまだいてくれると信じたいです。
ほんと、助けてください。

鉄舟忌は、法要→安倍晋三氏の挨拶→平井ご住職のお話→別室で会食という流れでしたが、私は会食は失礼して鉄舟先生のお墓にお参りして帰ってきました。
墓前で手を合わせる時にはいつも『安らかにおやすみのところを申し訳ありません』と前置きをして、今までは自分以外の誰かを救ってくださいとお願いしていたのですが、今回はじめて、私自身も含めて『日本を救ってください』とお願いしました。
鉄舟先生は神様ではないので、そういうお願いをするのは筋違いなのでしょうが、お墓の前で強い気を感じながら(私は霊感は皆無なのですが、鉄舟先生のお墓の前では気圧されるような強い気を感じるのです)手を合わせていると、つい助けを求めてしまうのです。
放射能汚染対策に忙しくて、坐禅会にはまだまだしばらく通えそうもありませんが、次回、鉄舟先生のお墓の前に立つ時には『日本を救ってくださってありがとうございました』と御礼が言えるようであってほしいです。

帰る際にいただいた会葬品は、鉄舟先生が好んで毎日食べたといわれている『木村屋のあんぱん』でした。

稲藁から50万ベクレルとかいうシャレにならない数値をみて、放射能汚染に対する絶望感と無策政府に対する怒り・失望感から投げやりな気持ちになりそうでしたが、鉄舟忌に参列させていただいて、気持ちを強くもって根気づよく立ち向かっていこうと決意をあらたにすることができました。
こうしていつもタイミングよく誰かに助けてもらえることはとても有り難いことだと本当に思います。
うしろめたい思いなく鉄舟先生の墓前に立てる人間でありたいと思います。




広瀬隆氏が山下教授や高木大臣、東電幹部らを刑事告発
民主主義社会なのに、まるで軍国主義や社会主義のように『被曝を強制』しているのはおかしいと思います。


やはり牛乳は危険
『福島、茨城、千葉の牛乳は大量に西日本に送り、そこで、「汚染された牛乳」と「綺麗な牛乳」をまぜて、ベクレルを規制値以内に納めていることも分かってきました。』


東京都中央区の保育園
「砂場の検査も食材の情報開示も拒否。親が調べるのも駄目。牛乳飲まないのもダメ」

お子さんを東京都中央区の保育園に通わせているお母さんが、保育園に対して、砂場やプールの放射線量測定と給食の牛乳の産地とメーカー、使用食材の産地の情報開示をお願いしたときのことを、Twitterで明かしている。
5月23日にあった回答は「東京都中央区は砂場の検査も食材の情報開示も拒否。親が調べるのも駄目で、牛乳を飲ませないのも砂場に入れないのも駄目。保育園に通っている以上は牛乳を飲まなければならないという方針で、そういう中央区の方針を理解した上であずけていただいているの一点ばり」。砂場の検査をしない理由は、国と東京都が大丈夫と言っているのに独自に検査するとそれを信用していないことになるからだという。
下記が実際のTwitter上の文章である。
Twitter/mangakosan
涙が止まらない。東京都中央区は砂場の検査も食材の情報開示も拒否。親が調べるのもダメ。
さらに牛乳を飲ませないのも砂場に入れないのもダメ。
保育園に 通っている以上は牛乳を飲まなきゃいけないそうです。
そういう区の方針を理解した上であずけていただいているの一点ばり。
国と都は信用してると…。
Twitter/mangakosan
中央区の保育園係の人に「安全を保障してくれるんですか?」と聞いたら「保障はできません」と。
「でも、国と都を信用しているのが区の方針です」と。
Twitter/mangakosan
牛乳が安全と証明できるまでは飲ませたくないだけなのに、集団保育なのでそういう理由で特別なことはできないそうです。東京都中央区。
Twitter/mangakosan
中央区では、私が受けたような説明で納得される方が8~9割だそうです。
あなたはだだをこねるたったの1割ですよ!と言われたわけです。


『汚染されてないかもしれない、だけど汚染されてるかもしれない そんな嫁に食わせたくない米を人様に売るわけにいかねぇっつーの』
(2011年6月17日付農家の婿さんのブログより一部引用)
『当時、作っても大丈夫なのか、土壌調査はしたのかと問い合わせた婿に対する農協や市のコメントは「土壌調査はしてない(ウチの地域)けど大丈夫です。制限が解除されたので作ってください。」でした。
(その時点で土壌調査されていたのは、あの広いいわき市でたった4か所)
作って、汚染されていたらどうなるのか、その買い取りに関しては責任を持ってくれるのかという問い合わせに対する返事は「わかりません。あくまで自己責任で」でした。
作らなかったら補償はどうなるか?と聞くと、対象になりませんという返事。
要するに、作んなかったら補償ナシな、だけど作っても俺たち知らねえからでした。』
『汚染されてる米が万が一流通ルートに乗っちゃったら、責任とれないす。他人の健康を害するかも知れない米を売ったお金で生活する。それは無理、無理っすわ』
『近隣の農家は作った人も作らなかった人も、今でも悩んで後悔しています。みんな疲れています。「作った人は悪ではない」、国だったら「作るな、補償すっから」、市・農協だったら「自粛しましょう、結果は断言できないけど一緒に戦いましょう」この一言でどれだけ楽になれたか』
(引用おわり)

結局、汚染された地域の住民達は、避難にせよ、生産・出荷にせよ、『東電と国の補償額を増やさないようにすることが一番大切』という政府の方針に従わなければ、生きる術を失い一家路頭に迷う羽目になるという究極の選択を政府からせまられていたわけです。
その政府の方針(!)により、汚染食材や汚染汚泥は人の手によって全国へばらまかれ、非汚染地域の人々がしなくてもよい内部被曝をしてしまうことになりました。
どれだけ悪質な人達が政権をもち、どれだけ悪質な人達が電力という公共性の高い仕事を担っていたのかと、怒る元気もなくして切なく悲しくなりました。



それでも生きて家族を守っていかなくてはなりません
しかもそれは短期間ではなくおそらく自分が生きている間ずっとつづくのです
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著者である直木賞作家の山本兼一先生も参列されていました。


Comments 3

アキママ

色々あって

大変でしたね。
私も去年、会社で仲の良かった友達が子供二人残して癌で亡くなってショックでした。
まあ、アキを亡くしたのが一番キツイですけど。あの時、近所に親友を亡くした友達がいたのですが、二人で「私達、終わったね。」って言っていました。今は、地震と放射能のゴタゴタで気が散っていますが、ふとした時に思い出すと涙があふれてきます。
歳とともにだんだんと「別れ」に多く直面するようになりますよね。同級生と会っても皆若い頃のように無邪気ではなく現実的な話ばかりです(笑) 親を亡くした上に親族のドロドロの問題に巻き込まれてストレスで荒れまくってる友達もいるし。でも、みんなそれを乗り越えて来ているのですよね。自分だけが乗り越えられない訳が無いって言い聞かせてここまで来ました。

2011-07-27 (Wed) 18:24 | EDIT | REPLY |   

アキママ

そう牛乳は

全然飲んでいません。あと、中央区ってウチなんですが、計測器を持ってウロウロしてる親を何度か見かけました。区が動かないので親が各自で対策しているようです。同じマンションの人が食糧は計測して数値の高い物は捨てていると言っていました。海外に子供を連れて引っ越した人もいるそうです。子供がいると神経使って大変そうです。

2011-07-27 (Wed) 18:30 | EDIT | REPLY |   

Suzuka@つくば虎梅荘

アキママさん♪

『JIN~仁』でも『神様は乗り越えられる試練しか与えない』って言っていましたね。
立ち直れないのではないかと思ったこともありましたが、仕事と犬の世話で強制的に日常性が保たれていたおかげでなんとかやり過ごせました。
不思議とタイミングよく助けてくれる人がいましたし。

中央区の晴海では、KEK(茨城県つくば市)の計測値と同じ程度の線量みたいですね。
http://d.hatena.ne.jp/rakkochan+jikopr/20110616/p1

牛乳どころか乳児に飲ませる粉ミルクさえも危ないみたいです。
http://tweetbuzz.jp/entry/55918719/alcyone.seesaa.net/article/215875696.html
私も子供がいたら西日本か九州に逃げていたと思います。
さすがに犬のためには避難できませんでした。

2011-07-28 (Thu) 23:50 | EDIT | REPLY |   

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